
1. 序論:2026年の「サーガ」開幕
1.1 調査の背景と目的
本報告書は、2026年1月5日にリリースされたしぐれうい氏の楽曲『ウィマーマ・サーガ』について、その歌詞世界、特に「9歳のしぐれうい」と「16歳のしぐれうい」による対話構造の詳細、ならびに制作を担当した音楽制作集団「IOSYS(イオシス)」の関与について、徹底的な調査と分析を行ったものです。
しぐれうい氏は、イラストレーターとしての本職を持ちながら、バーチャルYouTuber(VTuber)としても絶大な支持を集める稀有なクリエイターです。
特に、過去の楽曲『粛聖!! ロリ神レクイエム☆』は、インターネット・ミームとして社会現象化しました。
本作『ウィマーマ・サーガ』は、その系譜に連なる作品でありながら、アーティストの内面に存在する「乖離した人格」を対決させるという、よりメタフィクション的なアプローチが取られています。
本調査の目的は、単なる楽曲解説にとどまらず、以下の点について深く掘り下げることにあります。
- 歌詞の深層分析: 「9歳」と「16歳」の掛け合いが示唆する、VTuberという存在形式特有の「実存的不安」と「キャラクターの自律性」の対立構造を解明します。
- IOSYSのクリエイティブ機能: まろん氏(作詞)とD.watt氏(作編曲)がいかにしてしぐれうい氏のキャラクター性を「音響的・言語的ミーム」へと昇華させたか、その手腕を分析します。
- 受容の文脈: 本楽曲が提示する「バブみ(母性希求)」と「支配」の逆説的な関係性が、現代のインターネット文化においてどのような意味を持つかを考察します。
【フレーバーテキスト】
かつて、人類は血の雨に呑まれ、 救いを求めて母胎へと還ろうとした。
その祈りが呼び覚ましたのは――「創造神ウィマーマ」。16歳の「現世のうい」は厳しく人を突き放す審判者。
9歳の「無垢なるロリうい」は甘美な幻惑で群衆を導く。産まれ直したいと願う者よ、ひれ伏せ。
その小さなゆりかごから、新しい世界が目を覚ます。
そう、この物語を始めたのは――お前だ。
1.2 対象楽曲の基本データ
分析の基礎となる楽曲データは以下の通りです。
表1:『ウィマーマ・サーガ』基本クレジット情報
| 項目 | 詳細内容 | 備考・出典 |
| 楽曲タイトル | ウィマーマ・サーガ | |
| アーティスト名 | しぐれうい | クレジット表記:しぐれうい(9) vs. しぐれうい(16) |
| 作詞 | まろん (IOSYS) | 『粛聖!! ロリ神レクイエム☆』作詞者 |
| 作編曲 | D.watt (IOSYS) | 『粛聖!! ロリ神レクイエム☆』作編曲者 |
| リリース日 | 2026年1月5日 | 告知は1月4日 |
| 再生時間 | 04:09 (または 04:11) | プラットフォームにより秒数表記に微差あり |
| 配信レーベル | shigureui | 個人レーベルとしての登録 |
| 販売価格 | ¥510 (税込) | ハイレゾ・ロスレス形式の単曲価格 |
| 提供フォーマット | ALAC, FLAC, WAV, AAC | 24bit/48kHz対応 |
「せーのっ!」
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)「Yo Yo Yo! 9歳
マイク片手に 颯爽登場
カリスマ性 感度良好
こいよ 16歳w」「ほんっとーにキモいな……」
かつて、聖なるインターネットに蔓延る
愚かな人たちを浄化した、一筋の光
――「ういビーム」
おにーちゃん、おねーちゃんたちは反省して
原初の母へ、祈りを捧げるのであった!
ロリロリ神降臨って
ゴミゴミ大行進
超キモイ愛のミーム
正味興味ない Calling
先生!あの人怖いです〜ぅ(だから)
ママのおひざでねんねしな〜wちょっちょーい!
ゴミ!カス!半年ROMれ!
わたしは お前らの ママじゃなーいッ!(え〜!?)
ゴロゴロすんな!スリスリすんな!
甘えてくんな!寄ってくんな!
助かる〜じゃないんだよ。
バーカ、バーカ、アホ!コンプラだらけ 辛すぎ 世の中
粛聖 抑制 異常性(Say!)
新たな神を産み出すしかないや
(嫌)いや(嫌)イヤ〜〜〜〜〜儘よ
マッマーオギャオギャ(オギャ〜〜〜\(^o^)/)
夕焼け小焼けで お家へ帰りましょう(YES!)
妄想 ぶっ壊して 創世
やめてくれ
わからせてやんよ
バトれ
マッマーオギャオギャ(オギャ〜〜〜\(^o^)/)
産まれたて 吼えろ言葉の弾丸を(BANG!)
誰も居ない ゆりかごで
あんたが神になるしかないだろ
(Lonely Goddess……)は? 産まれ直したいって? キモいが?w
オギャオギャ みっともない 鏡ご覧どうぞガミガミっとうるさい 流行りの女の子
伝えなきゃだなぁ 愛の親孝行(マーマ!マーマ!ちゅきちゅきマーマ!)
「カモーン!」
(マーマ!マーマ!たちゅけてマーマ!)
「えっ、ちょ、なに?」
(マーマ!マーマ!ちゅきちゅきマーマ!)
「もっと!」
(マーマ!マーマ!こっち向いてマーマ!)
「うわっ、なんか降りてきた……」
(マーマ!マーマ!ウィッマッマー!)「ママは、全てを赦します……」
(ママァ……ママ様ァ……)
「おまえらっ!ひれ伏せ!!」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「ママ様の前だぞ〜!!」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「産まれ直したいか〜〜〜!?」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「助けてほしいか〜〜〜!?」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「助けて欲しいのはこっちだが!?」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「お前ら、正気か!?」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「いい歳した大人がよォ〜?」
\はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
「いくつになっても!!」
\だいちゅきウィマーマ〜〜〜〜!!!!/マッマーオギャオギャ(オギャ〜〜〜\(^o^)/)
ねんねんころりよ お家へ還りましょう(YES!)
あーもう おしまいだ 現世
やり直せ
それもまた人生
だから
マッマーオギャオギャ(オギャ〜〜〜\(^o^)/)
産まれたて 吼えろ言葉の弾丸を(BANG!)
誰も居ない ゆりかごで
あんたが神になるしかないだろ誰も居ない ゆりかごで
お前が始めた物語だろ(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)おっきなお友達のみんなえ
お前らが叫んでる姿を、みぃーんな見ているよ
でも、いいんだよね? シアワセなんだよね?
よかったね^^マッマーオギャオギャ(マッマーオギャオギャ)
マッマーオギャオギャ(マッマーオギャオギャ)
マッマーオギャオギャ(マッマーオギャオギャ)
マッマーオギャオギャ(マッマーオギャオギャ)「バブ……」
2. IOSYS(イオシス)の制作関与とその必然性
『ウィマーマ・サーガ』の核心を理解するためには、制作を担当したIOSYSの役割を不可分な要素として捉える必要があります。
IOSYSは単なる楽曲提供者ではなく、インターネット・サブカルチャーにおける文脈(コンテクスト)の設計者として機能しています。
2.1 IOSYSの歴史的文脈と「電波ソング」の美学
IOSYSは、日本の同人音楽シーンにおいて「電波ソング」と呼ばれるジャンルを確立・牽引してきた集団です。
彼らの楽曲は、中毒性の高いメロディ、高速なBPM、そしてパロディやオタク文化への言及を多用した歌詞を特徴とします。
D.watt氏とまろん氏は、その中でも中核を担うクリエイターであり、彼らの起用は、しぐれうい氏の楽曲が「単なるキャラクターソング」ではなく、「インターネット・ミームとしての爆発力」を持つことを運命づけられていることを意味します。
2.2 まろん氏(作詞)による「メタ・ナラティブ」の構築
作詞を担当したまろん氏は、VTuberやリズムゲーム向けの楽曲において、演者とファン(リスナー)の関係性を極めて冷徹かつコミカルに言語化するスタイルで知られています。
『ウィマーマ・サーガ』において、まろん氏は以下の手法を用いています。
- 自己言及(メタフィクション): 歌詞中に過去のヒット曲(「ロリ神」「ういビーム」)を登場させ、それに対する自己批判や再解釈を行わせることで、楽曲自体を「しぐれういサーガ(叙事詩)」の一部として位置づけています。
- 「毒」と「愛」の配合: リスナーを「ゴミ」「カス」と罵倒させつつ、同時に「バブーリタイナー(幼児化した家臣)」として包摂するという、サディスティックかつ倒錯した母性を描いています。これは、まろん氏が得意とする「オタク文化の戯画化」の真骨頂と言えます。
2.3 D.watt氏(作編曲)による音響的演出
D.watt氏のサウンドメイクは、歌詞のカオスな世界観を音響的に補強しています。
- 対比の強調: 「9歳パート」ではおもちゃ箱をひっくり返したような騒々しいサウンドエフェクト(SE)を多用し、「16歳パート」では比較的シリアスなトラックを展開する(あるいはそのシリアスさを即座に破壊する)ことで、聴覚的にも二つの人格の衝突を表現しています。
- 中毒性の設計: イントロの「ウィマーマ ウィマッマ」というフレーズは、リズミカルな反復により、聴き手の思考を停止させ、楽曲の世界観へ強制的に引き込む「フック」として機能しています。
3. 歌詞詳細分析:9歳と16歳の対立と融合のドラマ
本楽曲の最大の特徴は、タイトルにある「サーガ(壮大な物語)」が示す通り、「しぐれうい(9)」と「しぐれうい(16)」という二つの人格が繰り広げるドラマにあります。
以下に、歌詞の流れに沿ってその構造を詳細に分析します。
3.1 プロローグ:儀式の開始とミームの発生
楽曲は、謎めいた詠唱と、それに呼応する群衆(ファン)の声から始まります。
歌詞(イントロ):
「せーのっ!」
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
(ウィマーマ ウィマッマ)
(バブーリタイナー Uh!)
ここでの造語の解釈は以下の通り分析できます。
- ウィマーマ (Wimama): 「Ui(うい)」と「Mama(ママ)」の融合。しぐれうい氏が「ママ」としての絶対的存在になることを示唆します。
- バブーリタイナー (Baboo-Retainer): 「バブー(幼児語)」と「Retainer(家臣、保持者)」の合成語と考えられます。これは、知性を捨てて幼児退行したファンたちが、しぐれうい氏に仕える家臣団となっているグロテスクかつコミカルな状況を表しています。
3.2 第1幕:遭遇と人格の衝突
「9歳」と「16歳」の最初のアプローチは対照的です。
| パート | 歌詞 | 分析・インサイト |
| 9歳 | 「Yo Yo Yo! 9歳 マイク片手に 颯爽登場 カリスマ性 感度良好 こいよ 16歳w」 | ラップスタイルで登場。自身を「カリスマ」と規定し、16歳を挑発しています。「w(わら)」の発音は、ネットスラングを話し言葉として使う「ネット弁慶」的な幼さを強調しています。 |
| 16歳 | 「ほんっとーにキモいな……」 | 対する16歳(本来の自我)は、冷静な嫌悪感を示します。この「引き(ドン引き)」の姿勢が、楽曲前半のツッコミ役としての立ち位置を明確にします。 |
3.3 第2幕:歪められた伝説(Lore)
ナレーションパートでは、しぐれうい氏の代表的な持ちネタである「ういビーム」の再定義が行われます。
歌詞:
かつて、聖なるインターネットに蔓延る愚かな人たちを浄化した、一筋の光――「ういビーム」
おにーちゃん、おねーちゃんたちは反省して原初の母へ、祈りを捧げるのであった!
分析:
本来「ういビーム」は、不埒なファンを浄化(排除)するための攻撃技でした。
しかし、この楽曲の世界線では、浄化の結果、ファンが「反省」を超えて「原初の母(ママ)への信仰」に目覚めてしまったと語られます。
これは、クリエイターが意図したパフォーマンス(拒絶)が、ファンによって別の意味(ご褒美、崇拝)へと誤読・消費されていくインターネットの受容構造への皮肉です。
3.4 第3幕:16歳の抵抗と葛藤
サビに向かうビルドアップ部分では、16歳人格が必死に抵抗を試みます。
歌詞:
ロリロリ神降臨ってゴミゴミ大行進超キモイ愛のミーム正味興味ない Calling
先生!あの人怖いです〜ぅ(だから)
ママのおひざでねんねしな〜w
ここで特筆すべきは、「ロリ神降臨」という自身の過去の成功体験を「ゴミゴミ大行進」「超キモい」と一刀両断している点です。
これは16歳(クリエイターとしての自我)の本音であると推測されます。
しかし、直後に9歳人格が「先生!あの人怖いです〜ぅ」と被害者を演じ、さらに「ママのおひざでねんねしな〜w」と16歳人格さえも幼児化させようと試みます。
3.5 第4幕:拒絶の絶叫とインターネット老人会
16歳人格の怒りは頂点に達し、激しい罵倒へと転じます。
歌詞:
ちょっちょーい! ゴミ!カス!半年ROMれ!
わたしは お前らの ママじゃなーいッ!(え〜!?)
- 「半年ROMれ」: 2000年代初頭のインターネット掲示板(2ちゃんねる等)で使われた「空気を読めない初心者は半年間書き込まずに見るだけにしろ」という意味のスラングです。この古いスラングをあえて使用することで、しぐれうい氏(および作詞のまろん氏)の世代感や、インターネット文化への深い造詣(古参オタクとしての矜持)を示しています。
- 「ママじゃなーいッ!」: VTuberシーンにおいて、ファンが配信者を母親視する現象に対する明確な拒絶です。しかし、拒絶すればするほど「反抗期」として消費されるジレンマも内包しています。
3.6 サビ:諦念とカオスの受容
サビでは、抵抗が無意味であることを悟り、狂気を受け入れるような展開を見せます。
歌詞:
コンプラだらけ 辛すぎ 世の中粛聖 抑制 異常性(Say!)
新たな神を産み出すしかないや(嫌)いや(嫌)イヤ〜〜〜〜〜
儘よマッマーオギャオギャ(オギャ〜〜〜\(^o^)/)
分析:
- 社会的背景への言及: 「コンプラだらけ」「抑制」といった言葉は、表現規制が厳しくなる現代社会への閉塞感を示しています。
- 解決策としての退行: その閉塞感を打破する手段として選ばれたのが、「新たな神(ママ)」を産み出し、全員で「オギャオギャ(幼児退行)」することでした。「\(^o^)/(人生オワタ)」の顔文字が歌詞カードに記載されている点からも、これが破滅的な逃避であることが示唆されています。
3.7 クライマックス:洗脳と統合
楽曲の後半、Cメロからラストにかけて、16歳人格の精神防壁がついに決壊します。
掛け合い:
(マーマ!マーマ!ちゅきちゅきマーマ!)
16歳: 「カモーン!」
(マーマ!マーマ!たちゅけてマーマ!)
16歳: 「えっ、ちょ、なに?」
(マーマ!マーマ!ちゅきちゅきマーマ!)
16歳: 「もっと!」
ここでは、ファンの執拗なコール(信仰)と9歳が「カモーン!」「もっと!」と呼応する様子が描かれます。
これはライブパフォーマンスにおけるコール&レスポンスを想定した作りであり、観客の熱狂が演者をトランス状態に引きずり込む現象を再現しています。
結末:
16歳: 「うわっ、なんか降りてきた……」
(マーマ!マーマ!ウィッマッマー!)
16歳(神化): 「ママは、全てを赦します……」
(ママァ……ママ様ァ……)
統合された人格: 「おまえらっ!ひれ伏せ!!」
全体: \はは〜〜〜〜〜〜〜〜!!/
最終的に、16歳人格は「ママ」としての役割を受け入れますが、それは慈愛に満ちた母ではなく、「ひれ伏せ!!」と命じる支配者としての母でした。
ここで「9歳(支配欲)」と「16歳(現実的権力)」が統合され、最強の「ウィマーマ」が誕生したという物語的な解決(オチ)が提示されます。
4. 楽曲が提示する文化的・心理的インサイト
4.1 「バブみ」の政治学
『ウィマーマ・サーガ』は、オタク用語としての「バブみ」を、単なる萌え要素から「権力構造」へと読み替えています。
通常、幼児退行は「弱さ」の露呈ですが、この楽曲においては、ファンが幼児化することで、アーティスト(しぐれうい)が相対的に「絶対的な保護者=支配者」の地位を獲得します。
歌詞中の「バブーリタイナー」という造語は、この構造を端的に表しています。
ファンは「赤ちゃん」として保護される権利を得る代償に、「家臣(リテイナー)」として絶対服従を強いられるのです。
これは、VTuberとファンの共依存関係を、極端な形で戯画化したものと言えます。
4.2 自己パロディとしての戦略
しぐれうい氏は、自身の最大のヒット作『粛聖!! ロリ神レクイエム☆』を、本作で徹底的にパロディ化しています。
『ロリ神』が「ロリコンを逮捕・断罪する」という「法的な排除」をテーマにしていたのに対し、『ウィマーマ・サーガ』は「ロリコンを幼児化させ支配下に置く」という「精神的な包摂・管理」へとテーマをシフトさせました。
これは、ミームとして消費され尽くした「ロリ神」のイメージを、アーティスト自身の手で更新し、主導権を取り戻すための高度な戦略です。
IOSYSのまろん氏は、この「イメージの更新」を、あえて「より混沌とした方向(ママ化)」へ突き進めることで実現しました。
4.3 実存的苦悩の痕跡
資料に見られる断片的なテキスト(「生きることは典型か天罰か」「思い出なんていらない」など)は、楽曲のハイテンションな表面とは裏腹に、その根底にある実存的な苦悩や虚無感を示唆している可能性があります。
あるいは、これらは「16歳のしぐれうい」が抱える本来のシリアスな悩みであり、それを「9歳のしぐれうい」が「オギャオギャ」という狂騒で強引に塗りつぶしてしまった、という解釈も可能です。
この「狂気による救済」こそが、本楽曲の隠されたテーマなのかもしれません。
5. 結論と展望
5.1 総括
『ウィマーマ・サーガ』は、しぐれうい氏とIOSYSによる、インターネット・ミーム文化に対する鋭い批評精神と、エンターテインメントとしてのサービス精神が融合した怪作です。
歌詞における「9歳 vs 16歳」の対話は、VTuberという存在が抱える「虚構と現実の乖離」をエンターテインメントとして昇華させる手法として極めて有効に機能しています。
5.2 今後の展望
本楽曲の「オギャオギャ」や「ひれ伏せ」といったフレーズは、TikTokやYouTube Shortsなどのショート動画プラットフォームにおいて、新たなミームとして拡散される高いポテンシャルを持っています。
また、ライブイベントにおいては、観客全員が「バブーリタイナー」となり、ステージ上の「ウィマーマ」にひれ伏すという、カルト的かつ熱狂的な空間が現出することが予想されます。
しぐれうい氏は本作を通じて、「ロリ神」というレッテルを剥がすのではなく、その上にさらに強力な「ママ神」という属性を上書きすることで、自身のクリエイティブな領域を拡張することに成功しました。
IOSYSはその共犯者として、完璧な舞台装置(楽曲)を提供したと言えるでしょう。