序論：メタルエンジェルの消失
本報告書は、単なるバンドメンバーの交代劇としてではなく、世界の音楽コミュニティを魅了した深遠なミステリーとして、水野由結の物語を紐解くものである。
世界にYUIMETALとして知られた彼女は、BABYMETALを国際的なスターダムに押し上げた、決して崩れることのないと思われた三位一体の一角を担っていた。
物語は2017年末、彼女が公の場から忽然と姿を消したことから始まる。
その後の脱退、そして最終的な芸能界引退は、地殻変動ともいえる出来事であった。
本稿では、彼女の離脱が、バンドにアイデンティティの再定義を強い、ファンの忠誠心を試し、そして日本の芸能界という巨大な機構が内包する計り知れないプレッシャーを、不透明ながらも垣間見せる稀有な窓となった触媒であったと論じる。
なぜ彼女は去ったのか？沈黙の年月の間に何があったのか？そして彼女の物語は、現代のスターダムの本質について何を明らかにしているのか？これらの中心的な問いを探求することが、本報告書の目的である。
第I章：形成された三位一体 – YUIMETALの隆盛とその意義
水野由結の脱退がもたらした衝撃の大きさを理解するためには、BABYMETALの成功における彼女の foundational な役割を確立することが不可欠である。
本章では、彼女の初期のキャリアを詳述し、子役モデルや女優としての活動から、BABYMETALが「重音部」として派生した母体であるアイドルグループ「さくら学院」のメンバーに至るまでの軌跡を追う。
カワイイの設計者
グループの象徴的な三位一体における水野の具体的な機能は、詳細な分析に値する。
SU-METALが圧倒的なボーカリストであり、MOAMETALがそのシンメトリーをなす対である一方、YUIMETALは、バンドのジャンルを超えた魅力の中核をなす「カワイイ」要素の主要な体現者としてしばしば認識されていた。
鋭さと優雅さを両立させたダンス、そして表現力豊かで愛らしいステージ上での存在感は、彼女のパフォーマンススタイルを特徴づけていた。
トライアングルフォーメーションの支柱
BABYMETALの視覚的・概念的な力は、3人のメンバーが織りなす完璧なシンメトリーの上に成り立っていた。
YUIMETALは単なるバックダンサーではなく、MOAMETALとのダイナミックな均衡を生み出し、SU-METALのセンターパフォーマンスを際立たせる重要な支柱であった。
彼女の脱退は、単にメンバー数を減らしただけでなく、グループの基本的な幾何学的・概念的基盤そのものを粉砕したのである 。
初期のインスピレーションと貢献
物語は、彼女の個人的なインスピレーションにも触れる。
例えば、後にSU-METALとなる中元すず香が在籍した可憐Girl’sへの憧れ や、”Black Babymetal”名義の楽曲「4の歌」における共作者としての創造的な貢献などが挙げられる。
これらの事実は、彼女が単なるパフォーマーではなく、グループの初期アイデンティティに深く関与した不可欠な一員であったことを示している。
彼女の役割は単なる「可愛らしさ」の提供に留まらなかった。
むしろ、彼女はバンド名における「BABY」の側面を象徴し、「METAL」の攻撃性と対比される成長と若々しい無垢さの物語を体現していた。
さくら学院の学校というコンセプトから受け継がれたこの「成長の物語」は、日本のアイドル産業の根幹をなす要素である。
彼女の持つ特有の「愛らしさ」とある種の「未熟さ」は、ファンがグループの「成長」を最も明確に感じ取ることができる媒体となっていた。
したがって、彼女の不在は単なる人員の損失ではなく、重要な物語装置の喪失を意味した。
彼女なしでは、「BABY」という言葉が空虚になる危険性があり、残されたメンバーはイメージとパフォーマンススタイルを急速に成熟させることを余儀なくされた。
このことは、後に展開される「DARK SIDE」という時代への移行が、なぜ単なるコンセプト変更以上の、必然的な変化であったかを説明している。
彼女の脱退が、典型的なメンバー交代よりもはるかにトラウマ的な出来事としてファンベースに受け止められた理由はここにある。
第II章：長い沈黙 – 11ヶ月に及ぶ不確実性の空白
本章では、水野由結が最後に公の場で確認されたパフォーマンスから、公式に脱退が発表されるまでのタイムラインを綿密に再構築する。この期間は、ファンにとって激しい不安、憶測、そして運営側からの戦略的な曖昧さが渦巻く時期として位置づけられる。
終わりの始まり
物語の転換点は、2017年12月に広島で開催された『LEGEND – S – BAPTISM XX -』公演での彼女の欠席である。
公式には体調不良が理由とされた。
当時、水野自身が公演の開催を強く願っているとの公式声明は、後に続く一連の慎重に言葉を選んだコミュニケーションの第一弾であった。
「DARK SIDE」と戦略的難読化
ファンがYUIMETALの状況を問う中、運営側は2018年のワールドツアーに向けて「DARK SIDE」や「THE CHOSEN SEVEN」といった謎めいたコンセプトを導入した。
情報が真空状態の中で行われたこの物語上の方向転換は、恒久的な変化を予期してバンドのイメージを再構築しようとする、混乱を招きながらも意図的な試みであった可能性が考えられる。
高まる懸念
タイムラインは、ファンの懸念が高まった重要な瞬間と、それに対する運営側の不透明な対応を記録している。
2018年5月から6月にかけてのアメリカおよびヨーロッパツアーへの不参加 、そして2018年6月のアミューズ株主総会における役員の曖昧な発言（彼女は「回復している」と述べたが、具体的な詳細は一切提供されなかった） などがそれに当たる。
これは、rampant な憶測を煽る結果となった、コミュニケーションにおける決定的な失敗として特筆されるべきである。
表1：水野由結の脱退とBABYMETALの移行に関する時系列
| 日付 | 出来事 | 公式声明/情報源 | メディア/ファンの反応概要 |
| 2017年12月 | 広島公演を欠席。これが最後の活動期間となる。 | 体調不良のためと発表 。 | 復帰を願う声と同時に、深刻な状況を懸念する声が広がる。 |
| 2018年1月 | 「神バンド」ギタリスト藤岡幹夫の急逝。 | 公式サイトで発表 。 | YUIMETALの不在と重なり、グループの将来に対する不安が頂点に達する。 |
| 2018年5月 | ワールドツアー開始。YUIMETALは不参加。 | 米国マネジメントは「彼女はまだメンバーである」と回答 。 | 「DARK SIDE」コンセプトと相まって、混乱と憶測が世界的に拡大。「#WhereIsYui」がトレンドに。 |
| 2018年6月 | アミューズ株主総会。 | 役員が「回復している」と発言 。 | 具体的な情報がなく、ファンの不満と不信感が増大。 |
| 2018年10月19日 | BABYMETALからの正式な脱退を発表。 | 公式サイトにて本人と運営が声明を発表 。 | 世界中のファンに衝撃が走る。悲しみと同時に、長期間の不確実性からの解放感も一部で見られた。 |
| 2025年9月30日 | アミューズとの専属契約終了と芸能界引退を発表。 | アミューズ公式サイトにて発表 。 | 長年の憶測に終止符が打たれる。彼女の決断を尊重し、感謝を伝える声が多数を占めた。 |
第III章：公式脱退 – 粉砕された三角形
本章では、2018年10月19日に行われた、世界中のファンの最悪の恐怖を現実のものとした発表について精査を行う。
メッセージの解読
BABYMETAL運営 と水野由結本人 の双方から発表された公式声明は、詳細な分析を要する。
- 運営側のナラティブ: 企業側の声明は、彼女の復帰準備を進めていたが、最終的に本人の決断を尊重したという点を強調した。これは、安定性と円満な移行を演出しようとする、標準的な企業広報戦略として解釈できる。新曲「Starlight」の同時リリース は、物語を即座に未来へと転換させ、バンドの今後に関心を向けさせる意図的な動きであったと分析される。
- 水野のナラティブ: 彼女個人のメッセージは、より注意深い読解が必要である。「体調が万全ではないこと」と「以前からの私の夢、水野由結としての夢に向かって進みたいという気持ち」という重要なフレーズが、彼女の決断の二本柱として提示された。ファンとメンバーへの謝罪は、その誠実さが際立っていた。
非公式のナラティブ
公式見解とは対照的に、ファンコミュニティでは代替的な説明が数多く生まれた。
過酷なツアースケジュールによる燃え尽き症候群、創造性の違い、あるいは契約上の義務や事務所の管理体制を巡る、より陰謀論的な見方も一部で語られた。
アミューズのウェブサイトから彼女の脱退メッセージが速やかに削除されたことは、これらの代替理論を煽る重要な証拠として機能した。
ここで注目すべきは、水野が2018年の脱退声明で示した、公の場で活動を続けるキャリアへの意欲と、2025年の引退発表で示された公の生活からの完全な撤退との間に存在する、重大な物語上の不協和音である。
2018年のメッセージに含まれた「またいつか水野由結として皆様にお会いできるように努力し邁進します」 という一文は、将来的なキャリアへの明確な期待を抱かせた。
これは決して最後の別れではなかった。
約6年間、この言葉は彼女の俳優業への復帰やソロ音楽活動を憶測するファンにとって、希望の主要な源泉であり続けた。
しかし、2025年の「エンタメという世界から離れて」 という彼女の願望の発表は、2018年の声明が暗示した約束と直接的に矛盾する。
この矛盾は、以下のいずれかが真実であることを示唆している。
(a) 当初の「夢」は、より困難な現実（例えば、いかなるパフォーマンスキャリアも妨げる健康問題）を糊塗するための、体面を保つための便宜的な説明であった。
(b) 6年間の沈黙の間に、彼女自身の願望や状況が劇的に変化した。
(c) 契約上などの外的要因がその夢の追求を妨げ、最終的に完全な引退という決断に至った。
この視点により、物語は単なるキャリアチェンジから、最終的に撤退という形で終わる、長く未解決の個人的な旅路へと変貌する。
第IV章：余波 – 灰の中から再生するBABYMETAL
本章では、YUIMETALの脱退がバンドの芸術的方向性、ラインナップ、そして内部の力学に与えた、深く永続的な影響を分析する。
デュオ体制と「アベンジャーズ」
脱退直後、SU-METALとMOAMETALはデュオとして活動を継続しなければならなかった。
その時期の恐怖と不確実性についての彼女たちの率直な述懐は、当時の困難を物語っている。
3人目のスポットを埋めるためにプロのダンサーが交代で参加する「アベンジャーズ」システムの創設は、YUIMETALが残した空白を認めつつ、彼女がかけがえのない存在であることを強調する、巧妙かつ一時的な解決策として分析される 。
芸術的・テーマ的進化
彼女の脱退は、バンドの音楽的・視覚的進化と密接に関連している。
YUIMETAL脱退後に制作されたアルバム『METAL GALAXY』（2019年）と『THE OTHER ONE』（2023年）は、より成熟し、音楽的に多様なアプローチを反映した作品として検証される。
厳格な三位一体のフォーメーションからの脱却は、より複雑な振り付けやステージプロダクションを可能にした。
かけがえのないメンバー
残されたメンバーやプロデューサーであるKOBAMETALへのインタビューからは、YUIMETALは決して替えが効かないという一貫した公の姿勢が浮かび上がる。
SU-METALの「YUIMETALのような人は他にいない」 という発言は、かつての仲間への敬意を表し、ファンの期待を管理するための重要なメッセージングとして提示される。
終結と再生
本章は、2023年に岡崎百々子が正式な3人目のメンバー、MOMOMETALとして任命されたことで締めくくられる。これは、5年間の移行期間を経て三位一体のフォーメーションを復活させ、ある種の終結と安定をもたらした、バンドの変容における最終段階として位置づけられる 。
第V章：グローバルファンダムの反応 – 流動するコミュニティ
本章では、Redditなどのコミュニティでの議論を大いに参考に、グローバルなファンベースが経験した複雑な感情の旅路について、詳細な民族誌学的分析を行う。
初期の衝撃波
最初の反応は、衝撃、不信、そして悲嘆であった。
日本国内外のファンの引用を用いて、その様子を記録する。
多くのファンはそれを個人的な喪失として表現し、中にはオリジナルの3人でのパフォーマンスを一度も見られなかったことへの後悔を口にする者もいた 。
終結の探求と「希望」派
公式な送別パフォーマンスや、水野本人からの継続的な明確なコミュニケーションがなかったことは、多くのファンが埋めがたいと感じる空白を生み出した。
これは、彼女の2018年のメッセージに希望を託し、何年にもわたって彼女の復帰を信じ続けた、熱心なファン層の台頭につながった。
「受容」派と忠誠心のテスト
対照的に、別のファン層は新たな現実を受け入れ、進化するバンドを支持することに集中した。
この脱退は、一種の「踏み絵」として機能し、「OT3」（One True Three）原理主義者と新体制の支持者との間で、コミュニティ内に明確な緊張を生み出した。
進化の触媒としての脱退
より思慮深いファンの視点も分析の対象となる。
彼らは、YUIMETALの脱退は悲劇的ではあったものの、最終的にはバンドに進化と成熟を強いる必要な出来事であり、創造的な停滞を防いだと論じている。
これは、ファンベース自身が悲嘆からニュアンスのある分析的受容へと至る旅路を示している。
第VI章：最後の挨拶 – アミューズからの退所と芸能界からの引退
この最後の物語の章は、長年の憶測に決定的な終止符を打った、2025年9月30日の発表に焦点を当てる。
一時代の終わり
本章では、株式会社アミューズによる水野由結との専属契約終了の公式発表を詳述する。
彼女の意志を尊重するという発表の文言が分析される。
最後のメッセージ
「エンタメという世界から離れ、自分自身のペースで人生を歩んでいきたい」 という、彼女の最後の公の声明は、彼女の公的な物語の結論として提示される。
これは、第III章で探求した物語の転換を強調するために、彼女の2018年のメッセージと直接対比される。
物語の終焉
この出来事は、ファンの大多数にとって、彼女の復帰への淡い期待、すなわち「ユイの亡霊」がようやく安らかに眠りについた瞬間として位置づけられる。
それは彼女の公の人生からの正式な引退であり、BABYMETALの物語における彼女の章の終わりを意味した。
結論：YUIMETALの永続的な遺産と残された問い
結論として、本報告書の調査結果を統合し、水野由結の消えることのない影響と、彼女の物語を取り巻く謎めいた雰囲気について考察する。
BABYMETALのアイデンティティを定義し、「カワイイメタル」というジャンルを開拓する上で彼女が果たした決定的な役割を要約する。
本報告書は、彼女の脱退がコミュニティにとって計り知れない痛みの源であった一方で、それがバンドが再鍛造されるるつぼでもあったと結論づける。
彼女の健康問題の正確な性質、将来のキャリアに関する心変わりの背後にある完全な物語といった、答えのない問いこそが、彼女を単なる元バンドメンバーから、現代音楽史の年代記における伝説的、ほとんど神話的な人物へと昇華させている。
最終的に、彼女の沈黙は、彼女のパフォーマンスと同じくらい強力な、彼女の遺産の一部となったのである。
