BABYMETAL

BABYMETALの変遷:水野由結の脱退からアベンジャーズ、そしてMOMOMETAL体制の確立へ

序章:絶対的トライアングルの鋳造 — BABYMETALの起源と「第1の伝説」

A. 創世記:さくら学院「重音部」

BABYMETALの物語は2010年、アミューズ所属の成長期限定アイドルユニット「さくら学院」内で、部活動ユニット「重音部」として設立されたことに始まる。

そのコンセプトは、「メタルとアイドルの融合」という、当時としては前衛的かつ異端な試みであった。

初期の楽曲「ド・キ・ド・キ☆モーニング」のミュージックビデオがYouTubeで公開されると、その愛らしい容姿と本格的なメタルサウンドのギャップが海外のリスナーの関心を引き、アクセスが殺到する現象が起きた。   

B. 鉄の意志:メジャーデビューと世界的ブレイク

グループのアイデンティティを決定づけたのは、2013年1月9日にリリースされたメジャーデビューシングル「イジメ、ダメ、ゼッタイ」である。

この楽曲は「世直しメタル」というテーマを掲げ、ライブパフォーマンスではメタルの様式美である「ウォール・オブ・デス」を取り入れるなど 、単なるアイドルソングとは一線を画す強い意志を示した。   

この時点で、SU-METAL中元すず香)の卓越したボーカル能力、そしてYUIMETAL(水野由結)とMOAMETAL(菊地最愛)が両翼を固めるシンメトリーなダンスとスクリームという「トライアングル」フォーメーションは、グループの化学反応の核心を成していた。

この3人体制の神話は、2014年の英国「Sonisphere Festival UK」への出演  や、レディー・ガガ(LADY GAGA)のワールドツアーにおけるサポートアクトへの抜擢  といった世界的なブレイクスルーを経て、国内外のファンにとって「絶対的」なものとして確立されていった。   

C. 本レポートの枠組み:BABYMETALの4つの時代

本記事は、特にYUIMETAL(水野由結)の脱退、アベンジャーズ体制、そしてMOMOMETALの加入という人事的な変遷に焦点を当て、BABYMETALの歴史を4つの主要な時代に区分して分析する。

表1:BABYMETALの人事史における4つの時代

時代 (Epoch)年代 (Chronology)中核メンバー (Core Members)主要サポート/関連人物 (Key Personnel/Support)決定的な物語/出来事 (Defining Narrative/Event)
Epoch 1: The Original Triad (オリジナル・トライアド)2010–2017SU-METAL, YUIMETAL, MOAMETAL神バンド (Kami Band)東グローバル・ブレイク、"絶対的トライアングル"  の確立
Epoch 2: The Crisis & Dark Side (危機とダークサイド)2017–2018SU-METAL, MOAMETAL(YUIMETALの不在), 5名のダンサー YUIMETALの休演 、"DARK SIDE" 、YUIMETALの公式脱退 
Epoch 3: The Avengers Interregnum (アベンジャーズによる暫定統治)2019–2022SU-METAL, MOAMETALアベンジャーズ (鞘師里保, 藤平華乃, 岡崎百々子) 3人目の座をローテーション制で維持
Epoch 4: The MOMOMETAL Rebirth (MOMOMETALによる再生)2023–現在SU-METAL, MOAMETAL, MOMOMETAL神バンド (Kami Band)西MOMOMETALの正式加入 、『THE OTHER ONE』 、新体制でのワールドツアー

第1部:亀裂 — 水野由結の不在と「絶対」の喪失

A. 空白の11ヶ月:『LEGEND – S – 洗礼の儀 -』

「絶対的トライアングル」 に最初の亀裂が生じたのは、2017年12月2日・3日に開催された『LEGEND – S – 洗礼の儀 -』であった。

この公演は、SU-METALの成人を記念し、彼女の故郷である広島グリーンアリーナで行われた凱旋公演という、極めて象徴的な意味を持つライブだった。   

しかし、開催直前にYUIMETALが体調不良により休演することが発表された。

公式サイトによれば、一時は公演中止も検討されたが、「YUIMETAL自身が強く公演の開催を願っている」という意向を汲み、SU-METALとMOAMETALの2人体制(サポートダンサーを含む)で決行された。   

この休演から2018年10月の正式な脱退発表まで、約11ヶ月にわたる「空白」の期間が続く。

この間、BABYMETALは2018年5月からUSツアーを開始するが、ステージにYUIMETALの姿はなかった。

この混乱期に、BABYMETALは「METAL RESISTANCE EPISODE VII」と称し、「DARK SIDE」という新たな物語(ロア)を提示した。

「3人のメタルスピリットの伝説(光の側面)」だけでなく、「7人のメタルスピリットの伝説(闇の側面)が存在する」というこの物語は、単なるライブ演出ではなかった。   

これは、YUIMETALが復帰するか否かというグループの不安定な現実的危機を一時的に覆い隠し、SU-METALとMOAMETALの2人体制(および5名のダンサー) でのパフォーマンスを神話的に正当化するための「物語的シールド」として機能した。

YUIMETALの復帰を待つと同時に、「3人ではないBABYMETAL」の可能性をファンに徐々に受容させるための、高度な戦略的ナラティブであったと分析できる。   

B. 2018年10月19日:脱退の公式発表

2018年10月19日、所属事務所アミューズの公式サイトを通じて、YUIMETALがBABYMETALから正式に脱退することが発表された。   

公式サイトの声明によれば、YUIMETAL本人の復帰への希望を受け、メンバーとスタッフはサポートを続けてきたが、最終的に「水野由結としての夢に向かって進みたい」という本人の意向により、脱退が決定された。

この発表は、同月23日から始まる『BABYMETAL WORLD TOUR 2018 in JAPAN』への出演見送りと同時に行われた。   

海外のメタル専門メディアもこのニュースを大きく報じた。

英国の『Kerrang!』誌は、「YUIMETALはもはやBABYMETALの一員ではない」という公式発表を引用し、今後のツアーは「SU-METALとMOAMETALがBABYMETALの中核 (core) を形成する再生 (rebirth) の始まりとなる」と報じた。   

C. 水野由結自身の声明

脱退発表に際し、YUIMETALは「水野由結」としての個人声明を発表した。

英国の『Loudersound』誌(Metal Hammer)は、彼女がアミューズのウェブサイトに掲載した声明の内容を報じている。   

その声明で水野由結は、ファンに迷惑をかけたことを謝罪しつつ、体調が万全ではない状態が続いていたこと、そして「水野由結としてパフォーマンスを続けたいという強い願望」があったことを明かした。

この声明は、彼女の脱退が単なる健康問題の継続だけでなく、BABYMETALのYUIMETALというペルソナから離れ、「水野由結」というアーティスト個人のアイデンティティを追求するという、積極的な選択であったことを強く示唆している。   

ファンが信奉してきた「絶対的トライアングル」 の一角が失われたという事実は、グループの歴史における最大の危機であり、深刻な喪失感をもたらした。   

第2部:暫定統治 — 「アベンジャーズ」という戦略的解決策

A. トライアングルフォーメーションの維持

YUIMETALの脱退により、BABYMETALはSU-METALとMOAMETALを「中核 (core)」 とする2人体制へと移行した。

しかし、BABYMETALのパフォーマンスにおける視覚的アイデンティティの根幹は、デビュー以来の「3人体制のダンスフォーメーション」であった。

このトライアングルをいかに維持するかが、次なる最大の課題となった。   

その戦略的解決策として、2019年から「アベンジャーズ (AVENGERS)」と呼ばれるシステムが導入された。   

B. 3人のアベンジャーズ

アベンジャーズとは、BABYMETALのライブにおいて3人目のダンサーポジションを担うサポートダンサーの総称であり、ライブ毎に1名が選抜される仕組みであった 。このシステムは2019年から2022年頃まで続いた。   

公式にはアベンジャーズの「中の人」が誰であるかは非公開とされていた 。しかし、ファンの間では、以下の3名がその役割をローテーションで担っていることが広く認知されていた :   

  1. 鞘師里保 (Riho Sayashi) (元モーニング娘。)
  2. 藤平華乃 (Kano Fujihira) (当時さくら学院生徒会長)
  3. 岡崎百々子 (Momoko Okazaki) (元さくら学院)

YUIMETALという「絶対的」 な存在の代わりを即座に「任命」することは、ファンの強い反発を招くリスクがあった。

アベンジャーズというローテーションシステム  は、この反発を回避するための極めて巧妙な戦略であった。   

このシステムにより、3人目のポジションはあくまで「サポート」であり、「一時的な代理」であることが強調された。

これにより、ファンはSU-METALとMOAMETALという「中核」 に焦点を当て続けることができた。

同時に、このシステムは、BABYMETALの過酷なワールドツアーという実戦の場で、次世代の正規メンバー候補となり得る人材をじっくりと見極めるための、長期的な公開オーディションとしても機能していた。   

C. アベンジャーズ時代の活動

この流動的な「2 + 1」体制の下で、BABYMETALは3rdアルバム『METAL GALAXY』をリリースし、大規模なワールドツアーを敢行するなど、活動を停滞させることはなかった。

アベンジャーズのメンバー(藤平華乃や岡崎百々子など)が、BABYMETAL以外の活動(例:@onefiveのデビュー)を開始したこと  は、この体制があくまで過渡期のものであり、永続的なものではないことを示唆していた。   

第3部:再生 — MOMOMETALの「召喚」と新章の幕開け

A. 序曲:『THE OTHER ONE』

アベンジャーズによる暫定統治期間を経て、BABYMETALは2023年、新たな「再生」へと向かう。

この再生は、周到に準備された物語(ロア)に基づいて実行された。

2023年3月24日、コンセプトアルバム『THE OTHER ONE』がリリースされた。

これはBABYMETALの「もうひとつの物語」を描く作品であり、新たなメンバーを迎え入れ、新章をスタートさせるための神話的基盤として機能した。   

このアルバムに先立ち、2023年1月には約2年ぶりとなる復活ライブ『BABYMETAL RETURNS - THE OTHER ONE -』が幕張メッセで開催された。

この時点ではまだSU-METALとMOAMETALの2人体制であり、新メンバーの発表は「封印」されたままだった。   

B. 2023年4月1日・2日:ぴあアリーナMM『BABYMETAL BEGINS』

新体制の「幕開け」の舞台となったのは、BABYMETALにとっての記念日である4月1日「FOX DAY」と翌2日に、ぴあアリーナMMで開催された公演『BABYMETAL BEGINS – THE OTHER ONE -』であった。   

ライブレポートによれば、4月2日の公演 "CLEAR NIGHT" のクライマックスで、巨大な玉座とともにSU-METAL、MOAMETAL、そしてMOMOMETALの3人が登場。

この瞬間、会場はファンの歓喜の声に包まれ、「圧倒的な祝祭空間」と化した。   

この日をもって、アベンジャーズの一人であった岡崎百々子が、正式メンバー「MOMOMETAL」としてBABYMETALに加入したことが公式に発表された。

BABYMETALは、SU-METAL、MOAMETAL、MOMOMETALによる3人体制で新章をスタートさせたのである。   

C. アベンジャーズから選ばれし者

MOMOMETALの加入は、外部からのオーディション合格者の発表ではなかった。

これは、2019年から約3年以上にわたり 、「アベンジャーズ」という名の過酷なワールドツアー(実地試験)を経て、SU-METAL、MOAMETAL、そしてチーム(神バンド含む)からの信頼を勝ち得た人物が、内部昇格したことを意味する。   

アベンジャーズというローテーションシステム  は、最終的に最もBABYMETALの精神とパフォーマンスに適合する1人(岡崎百々子)を選び出すための、極めて実践的な選抜プロセスとして機能した。

この経緯により、彼女の加入は多くのファンにとって「唐突な交代」ではなく、「必然的な帰結」として、熱狂的に受け入れられた。   

第4部:新たなるエポック — 「第3の伝説」の確立と未来

A. 新体制の検証:2023-2024 ワールドツアー

MOMOMETALの加入  と新章のスタート  が宣言されると、BABYMETALは即座に自身最大規模となるワールドツアー『BABYMETAL WORLD TOUR 2023 - 2024』を開始した。   

このツアーは、2023年から2024年にかけて、全世界25カ国、全98公演という膨大な規模に及んだ。

このツアーの目的は、単にコンセプトアルバム『THE OTHER ONE』 をプロモーションすることだけではなかった。   

YUIMETALの不在からアベンジャーズの流動的体制に至るまでの約5年間、不安定な状態にあった「3人目のポジション」が確定したことを受け、このツアーは「SU-METAL, MOAMETAL, MOMOMETAL」という新しい「絶対的トライアングル」が完成したことを、全世界のファンに対して宣言し、検証し、承認させるための戦略的な「巡礼」であった。

ツアーはアジア(ジャカルタ、バンコク、台北など)、オーストラリア(ブリスベン、シドニー、メルボルン)、北米 、そしてヨーロッパ  を網羅し、新体制の強固さを世界に証明した。   

B. 未来への布石:「METAL FORTH」

新体制のBABYMETALは、過去の遺産(レガシー)に依存するのではなく、未来を創造している。

その証拠が、2025年にリリースされた4作目のオリジナルアルバム(コンセプトアルバム『THE OTHER ONE』 を除くと5作目のスタジオ・アルバム)『METAL FORTH』である 。   

このアルバムは、Poppy、Electric Callboy、Tom Morello(Rage Against the Machine)、Bloodywood、Spiritboxなど、多彩かつ強力なアーティストとのコラボレーションを多数収録しており 、MOMOMETAL体制が音楽的にも新たなフェーズに入ったことを示している。

キャピトル・レコードから2025年8月8日に発売されている 。   

2025年夏には日本ツアー「BABYMETAL WORLD TOUR 2025-2026 SUMMER TOUR IN JAPAN」がスタートし、このニューアルバム『METAL FORTH』収録曲の新曲も初披露された 。

新体制によるクリエイティブなサイクルが完全に確立されたことがうかがえる。   

C. 総括:危機を乗り越えた「唯一無二」の存在

BABYMETALの歴史は、YUIMETALの脱退という、グループにとって最大の危機(第1部)に直面しながらも、神話(ロア)と現実を融合させた「アベンジャーズ」という巧みな戦略(第2部)によってその困難な時代を乗り越え、最終的にオーガニックな形でMOMOMETALを迎え入れて「再生」した(第3部)、類稀な物語である。

2025年から2026年にかけての更なる北米ツアーやワールドツアーの発表は、MOMOMETALを加えた新体制が「第3の伝説」として完全に定着し、BABYMETALがその歩みを止めることなく前進(FORTH)し続けることを力強く示している。   

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