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BABYMETAL「神バンド」の全貌:キツネ様の神託と、東西の超絶技巧集団

序章:神バンドとは —— BABYMETALサウンドの守護者たち

BABYMETALの音楽的アイデンティティを語る上で、その卓越したパフォーマンスを支える演奏集団「神バンド(Kami Band)」の存在は不可欠であります。

神バンドは、単なる「バックバンド」や「サポートミュージシャン」という枠組みを超えた存在として位置づけられています。

BABYMETALの世界観において、彼らは「キツネ様(THE FOX GOD)」によって召喚され、ステージ上でSU-METALとMOAMETAL,MOMOMETALの背後を守護する「神々」とされています。   

この「神」というコンセプトは、彼らが持つ世界水準の超絶的な演奏技術と、ステージ上で見せる白装束とコープス(風の)ペイント(一般的に知られる事実)によって、視覚的・音楽的に具現化されています。

BABYMETALのキャリア初期においては、「BABYBONE」と呼ばれるスケルトンの衣装をまとったパフォーマー(当て振り)がパフォーマンスをサポートしていました。この体制からの劇的な転換点が、神バンドの「降臨」でした。   

記録によれば、本格的な生バンド、すなわち神バンドが初めて「降臨(はつこうりん)」したのは、2012年10月6日に開催された「I, D, Z LEGEND "I"」のアンコールパートであったとされています。

この「初降臨」という神話的・宗教的な用語の使用は、彼らが単なる演奏者ではなく、BABYMETALの壮大な物語(メタルレジスタンス)を構成する重要な登場人物であることを示しています。   

翌2013年5月に大阪および東京で開催されたライブ以降、全編が生バンドによる演奏体制となり 、これがBABYMETALの音楽的評価を世界的に飛躍させる決定的な原動力となりました。   

第1章:「東の神」—— 日本が誇るセッション・マイスター

2019年頃から、BABYMETALの活動がグローバルな長期ツアーへと移行するに伴い、従来の日本人サポートメンバーは、ファンやメディアから便宜的に「東の神(Kami of the East)」と呼ばれるようになりました。   

彼らは、日本の音楽シーンにおけるトップクラスのスタジオ・ミュージシャン、アーティスト、および音楽教育者で構成されています。

その卓越した技術と多様な音楽的背景は、神バンドのサウンドの初期基盤を確立しました。

「東の神」として知られる主要メンバーのプロフィールと主な活動は、以下の表1に要約されます。

表1:神バンド「東の神」主要メンバー一覧

氏名 (主な神名)担当楽器主な活動・経歴
BOHベース6弦ベースを駆使。ソロ活動、故・藤岡幹大氏らとの「仮BAND」 、神バンドのほぼ全てのショーに参加 。
青山 英樹 (あおやま ひでき)ドラムB'zのライブ・サポート 、父は伝説的ドラマーの故・青山純氏 。2014年頃からの中核メンバー 
大村 孝佳 (おおむら たかよし)ギターMI JAPAN(音楽専門学校)の講師であった故・藤岡幹大氏の教え子 。ソロ活動。最多参加ギタリストの一人 
Leda (レダ)ギターヴィジュアル系メタルバンド「Deluhi」 (解散) 、および「Far East Dizain」の元リーダー。作曲・編曲家。
ISAO (イサオ)ギター1977年生まれ。7弦、8弦ギターを駆使し「技のデパート」の異名を持つ 。Spark 7、soLi  などジャズ・フュージョンにも精通。
前田 遊野 (まえだ ゆうや)ドラム1983年生まれ。「Blue Man Group IN TOKYO」への出演を機にプロ活動開始 。マーティ・フリードマンのサポート 、「仮BAND」 

この表が示すように、「東の神」のメンバーは、J-POPの頂点(B'zサポート )、ヴィジュアル系メタルシーン(Deluhi )、超絶技巧系のフュージョン(ISAO )、さらには世界的なエンターテインメント(Blue Man Group )や音楽教育(MI JAPAN )といった、日本の多様な音楽シーンの第一線から集められたエリート集団です。   

彼らのキャリアはBABYMETALの活動に依存しているわけではなく、BABYMETALへの参加は、彼らにとって数ある重要な仕事の一つであると同時に、ある種の「パッション・プロジェクト」でもあると推察されます。

この事実は、後に「西の神」が必要とされるようになったロジスティクス上の背景を理解する上で、極めて重要な要素となります。   

第2章:「西の神」—— 世界を征するエクストリーム・メタル精鋭部隊

2019年、BABYMETALは大規模なアメリカおよびヨーロッパツアーを敢行しました。

この長期にわたる海外ツアーに伴い、キツネ様は新たにアメリカ人ミュージシャンを中心とした「西の神(Kami of the West)」を召喚しました。   

彼らの音楽的背景は「東の神」とは異なり、より現代的で、テクニカル・デスコアやプログレッシブ・メタルコアといった、エクストリーム・メタル(極端に速く、重く、複雑なメタル)の最前線に深く根差しています。

「西の神」として知られる主要メンバーのプロフィールと主な活動は、以下の表2に要約されます。

表2:神バンド「西の神」主要メンバー一覧

氏名 (主な神名)担当楽器主な活動・経歴
Anthony Barone (アンソニー・バローン)ドラムテクニカル・デスコアバンド「Shadow of Intent」 (脱退) 、「A Night In Texas」 。エクストリーム・ドラミングの専門家 
CJ Masciantonio (CJ・マシャントニオ)ギタースター・ウォーズのインスト・メタルバンド「Galactic Empire」 、「TETHRA」 。エドワード・ヴァン・ヘイレンに影響を受ける 。
Chris Kelly (クリス・ケリー)ギター「Galactic Empire」、「ALUSTRIUM」。ジョン・ペトルーシ(Dream Theater)に影響を受ける 。
Clint Tustin (クリント・タスティン)ベースプログレッシブ・メタルコアバンド「ERRA」のギタリスト 。BABYMETALではベースを担当。

「西の神」メンバーの深掘り分析

「西の神」の採用パターンは、BABYMETALの音楽が持つ複雑さと攻撃性を、長期ツアーで安定して再現できる人材として、極めて特定のニッチなジャンルからピンポイントで選ばれていることを示しています。

Anthony Barone氏(ドラム)

Anthony Barone氏の参加は、彼が元々所属していたデスコアバンド「Shadow of Intent」のファンにとって、「非常識なほど奇妙な(funnily random)」人選として驚きをもって受け止められました。

しかし、彼の経歴を分析すると、この人選が合理的であったことが明らかになります。   

彼はバークリー音楽大学でRod Morgenstein氏(Winger, Dixie Dregs)らに師事し 、テクニカル・デスコアバンドでの活動を通じて 、一貫して「新しいレベルのスピード、精度、持久力」を追求するエクストリーム・ドラミングの専門家です。

BABYMETALの苛烈なセットリストをツアーで連夜完璧にこなすためには、彼のような持久力と精度を兼ね備えたドラマーが理想的な人材であったと考えられます。

ファンの間では「WMDD(大量破壊ドラム兵器)」というニックネームで呼ばれるほどの、圧倒的なパワーと精度を誇ります。   

CJ Masciantonio氏 & Chris Kelly氏(ギター)

彼らが所属する「Galactic Empire」は、過去にBABYMETALのオープニングアクトを務めた経験があります。

この共演が、彼らの技術とプロフェッショナリズムをBABYMETALの制作チームが直接知る機会となり、抜擢につながった直接的な接点である可能性は極めて高いと言えます。   

Clint Tustin氏(ベース)

彼が所属する「ERRA」は、現代のプログレッシブ・メタルコアシーンにおいて非常に重要なバンドです。

彼が本職のギタリストでありながら 、BABYMETALではベーシストとして完璧なパフォーマンスを見せたことは、彼のミュージシャンとしての多才さを示しています。

しかし、皮肉なことに、ERRAでのギタリストとしての活動が本格化するにつれ、BABYMETALのツアースケジュールとの両立が困難になり、2023年半ば頃からBABYMETALのツアーを離脱している模様です。

これは、「西の神」のメンバーもまた、自身の本業を持つプロフェッショナルなセッション・ミュージシャンであることを示しています。   

第3章:分析:「東」と「西」—— なぜ二つの神バンド体制が生まれたのか

神バンドが「東」と「西」という二つのチーム体制になった理由は、単一ではありません。

それはロジスティクス、音楽的スタイル、そして世界的なパンデミックという複数の要因が絡み合った結果です。

分析1:ロジスティクス(物理的・時間的要因)

二つの神バンド体制が生まれた最大の理由は、2019年から2020年にかけてのワールドツアーの長期化と、それに伴うロジスティクス(輸送・日程)の問題です。   

「東の神」のメンバーは、前述の通り、日本国内で極めて需要の高いトップミュージシャンです。

彼らはB'zのサポート 、自身のソロ活動 、バンド活動 、そして家族との時間を持っています。   

あるセッション・ミュージシャンを自称する人物による分析では、「(彼ら日本人メンバーは)BABYMETALで財政的に成り立っているわけではない」「数週間に及ぶ海外ツアーは、家族や国内の他の仕事から離れすぎるため、断るだろう」と指摘されています。   

したがって、数ヶ月に及ぶ長期の海外ツアーを、物理的に移動が容易でスケジュールを確保しやすいアメリカ在住のミュージシャン(西の神)で固めることは、BABYMETALのグローバルな活動を継続するための、最も合理的かつ唯一のロジスティクス的解決策であったと言えます。   

分析2:音楽的スタイルの差異(意図せざる結果)

このロジスティクス的な必要性から生まれた東西二つのバンドは、結果としてBABYMETALのライブサウンドに異なる「色」をもたらしました。

  • 東の神(Jazz/Fusionの素養): 「東の神」の演奏には、「ジャズの影響(jazz influences)」を指摘する分析があります。これは、ISAO氏(フュージョン )や故・藤岡幹大氏(インストゥルメンタル )といった、ジャズやフュージョンの素養を持つメンバーが在籍していたことを鑑みると、非常に説得力のある分析です。彼らの演奏は、熟練した技術に裏打ちされた、オーガニックでグルーヴ重視のアプローチが特徴とされます。   
  • 西の神(Technical/Metalcoreの精度): 対照的に、「西の神」による「Road of Resistance」の演奏は、オリジナル(DragonForce)のテクニカルなアプローチに、より忠実であると評価されています。また、楽曲の細部(例えば「ギミチョコ!!」の間奏でのリフや「Light & Darkness」のスライド奏法など)で、より現代的でアグレッシブなメタルコア的な解釈を加えていることが指摘されています。彼らの演奏は、若さと現代的なメタルシーンの攻撃性、そしてテクニカルな精度が特徴と言えます。   

この音楽的差異は、当初意図したものではなかった可能性が高いですが、結果としてBABYMETALに二つの異なる魅力を与えることになりました。

分析3:体制の変遷(コロナ禍とその影響)

当初は「東=日本公演、西=海外公演」という明確な住み分けがなされていました。   

しかし、新型コロナウイルスのパンデミックによる渡航制限が、この体制に予期せぬ変更をもたらします。

2021年の日本武道館公演や2023年1月の「BABYMETAL RETURNS」公演では、「西の神」が来日できなかったため、「東の神」が再登板しました。   

非常に興味深いのは、その後の展開です。

渡航制限が解除された後の2023年の国内フェスやツアー(「BABYMETAL BEGINS」以降)では、逆に「西の神」が来日して演奏を担当しました。   

これは、2023年から2024年にかけて90公演以上が予定されていたワールドツアー全体を考慮し、リハーサルやコンディション、演奏の一貫性を維持するために、一つのバンド(西の神)で統一する方が効率的であるという運営上の判断が下された可能性を示唆しています。   

第4章:永遠の「小神様」—— 伝説のギタリスト、藤岡幹大

神バンドの歴史を語る上で、2018年1月5日に36歳の若さで不慮の事故により急逝されたギタリスト、藤岡幹大(ふじおか みきお)氏の功績に触れないことはできません 。   

「ギターの神」と「小神様」

藤岡氏は神バンドの主要メンバーの一人であり、その卓越した技術と音楽性から「ギターの神」としてステージに降臨しました。   

それと同時に、彼はファンやメンバーから、その小柄な体格(プロフィール上の身長は158cm)から、愛情を込めて「小神様(こがみさま)」という愛称で親しまれていました。   

音楽教育者としての側面

藤岡氏は、卓越したプレイヤーであると同時に、優れた音楽教育者でもありました。

彼は音楽専門学校 MI JAPAN(現・専門学校ミュージシャンズ・インスティテュート東京)の講師を長年務め、多くの後進の指導にあたっていました。   

特筆すべきは、同じく神バンドのギタリストである大村孝佳氏が、MI JAPAN大阪校時代の藤岡氏の教え子であったという事実です。   

「仮BAND」の結成

2015年、藤岡氏は神バンドのメンバーであるBOH氏(ベース)、前田遊野氏(ドラム)と共に、インストゥルメンタル・フュージョンバンド「仮BAND(Kari Band)」を結成しました。

このバンドは、BABYMETALのサポートという枠を超え、彼ら3人の超絶技巧が純粋な音楽的対話として結実したプロジェクトであり、2017年には1stアルバムもリリースしています。   

これらの事実から導き出されるのは、藤岡幹大氏が単なる神バンドのギタリストの一人であったのではなく、「東の神」コミュニティにおける音楽的・精神的な支柱であり、メンバーが集うハブのような存在であったという評価です。

彼が講師であり、神バンドの同僚(大村氏)が彼の生徒であり、他の同僚(BOH氏、前田氏)と「仮BAND」を結成していたという事実は、彼がコミュニティの中心にいたことを強く示唆しています。   

結論:進化し続ける神々のバンド

本記事で分析した通り、BABYMETALの「神バンド」は、固定されたメンバーによる従来の「バンド」ではありません 。   

それは、キツネ様の神託(すなわち、BABYMETALのプロデュース戦略)に基づき、その時々のミッション(日本での単発公演、長期海外ツアー、あるいはレコーディング)に応じて、世界中から最高の技術と情熱を持つミュージシャンが召喚される、流動的なシステムそのものであると結論付けられます。

「東の神」が築き上げた、ジャズやフュージョンの素養さえ感じさせる熟練の基盤。

「西の神」がもたらした、現代のテクニカル・メタルシーンの攻撃性と精度。

そして、故・藤岡幹大氏が残した、教育者として、そして「小神様」としての永遠のレガシー。

これらすべてが融合し、BABYMETALの「メタルレジスタンス」は、これからも進化を続けることでしょう。

「東の神」と「西の神」という体制は、BABYMETALがグローバルな存在になるがゆえに直面した「ロジスティクス」という極めて現実的な課題  に対し、それを「二つの神々のチーム」という神話的な物語に見事に昇華させた、BABYMETALというプロジェクトの独自性を象徴する事例であったと総括できます。   

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